ヴェトナム戦争・・・1
一九六一年に民主党から大統領に就任したケネディは、「ニューフロンティア政策」を掲げて、国民の協力を求めながら国内改革を進めました。
外交では引き続き米ソ協調の路線をとりながらも、キューバ危機(一九六二)に際しては強硬な姿勢を貫いてソ連の妥協を引き出す一方、インドシナ半島での民族解放運動の拡大を抑えようとして内戦に介入を続けたが、六三年、任期半ばにして暗殺されました。
インドシナ半島では、五四年に旧宗主国フランスと戦後独立したヴェトナム民主共和国とのインドシナ戦争が休戦にこぎつけ、北緯十七度線が両者の軍事境界線とされました。
このジュネーヴ協定にアメリカは参加こそしなかったが、国務省高官は「尊重する」との発言をしていました。
協定では早期の南北統一選挙をうたっていたが、ヴェトナム国(南ヴェトナム)政府の求めに応じてアメリカが軍事顧問団を送りこむなど、政治経済的・軍事的支援を進めました。
これに対して南ヴェトナム解放民族戦線が結成されて再び内戦となり、六四年には、独裁と政治腐敗の南ヴェトナム政府に対する解放戦線側の勝勢がみえました。